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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)4594号 判決 1972年7月22日

(昭和四二年(ワ)第八三一四号事件)

原告 亡阿野弘相続財産管理人 阿野博夫

(昭和四四年(ワ)第四五九四号事件)

原告(選定当事者) 阿野博夫

右両名訴訟代理人弁護士 岩崎公

(両事件共通)

被告 国

右代表者法務大臣 前尾繁三郎

右訴訟代理人弁護士 滝口稔

同指定代理人 西貝茂

<ほか三名>

(両事件共通)

亡浅井右一訴訟承継人

被告(選定当事者) 峯村快コ

主文

昭和四二年(ワ)第八三一四号事件原告の請求を棄却する。

昭和四四年(ワ)第四五九四号事件原告の訴を却下する。

訴訟費用は両原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  (本案前の判断)原告の両事件における主張は、要するに、阿野弘の死亡前である昭和二九年六月二日以降同年末までの間に、阿野弘において本件土地につき浅井右一と賃貸借契約を締結した事実がないのに、浅井右一および坂城町農業委員会吏員某は、共同して農地賃貸借契約書を偽造し、また同委員会吏員某は耕作台帳へ虚偽記入をなし、さらに同年末に浅井右一および同委員会吏員某は右阿野弘の問合せに対し虚構の事実を回答したため、阿野弘は浅井右一が阿野弘所有の本件土地につき賃借権を有するものと誤信せしめられ、これにより昭和三〇年一月一日以降昭和四三年八月三一日まで右浅井右一により本件土地が占有される結果となったので、被告国および被告峯村(浅井右一の相続人らの選定当事者)に対し、右浅井右一占有期間(阿野弘死亡前および原告ほか八名相続後を含む。)の本件土地についての得べかりし利益の喪失もしくは賃料相当損害金の損害賠償を求める、というのであるが、原告は、これを、昭和四二年(ワ)第八、三一四号事件においては阿野弘の相続財産管理人として、また昭和四四年(ワ)第四、五九四号事件においては阿野弘の共同相続人らの選定当事者として請求しているのである。ところで阿野弘の相続人である昭和四四年(ワ)第四、五九四号事件の原告および選定者らが弘の死亡(昭和三六年二月一九日)により限定承認による相続をしたことは当事者間に争いがないが、このように限定承認が行なわれた場合にあっては、相続財産である本件土地につき前記のような関係において継続的に生じたと主張する損害についての賠償請求権は相続開始の前後を通じすべて相続財産に含まれると解するのが相当である。したがって、右損害賠償請求権の行使は相続財産管理人であることが争いのない原告においてなすべきであるから、昭和四四年(ワ)第四、五九四号事件におけるごとく原告ほか八名の共同相続人ら自らがこれを行使することは許されないものといわなければならない。(このことは、右共同相続人らが原告を選定当事者として選定していることによって何らの変化を来さない。)よって両事件のうち、昭和四四年(ワ)第四、五九四号事件の訴は不適法なものとして却下を免れない。

二  (昭和四二年(ワ)第八、三一四号事件本案の判断)

(一)  前述のように、原告ほか八名が昭和三六年二月一九日死亡した阿野弘の限定承認による共同相続人であり、原告が阿野弘の相続財産管理人であることは当事者間に争いがなく、被告峯村および別紙被告選定者目録記載の同被告を除く五名が昭和四四年一二月二一日死亡した浅井右一の相続人であることは弁論の全趣旨により認めることができる。そして、本件土地が阿野弘の所有であったこと、本件土地に関し、阿野弘が浅井右一に対しこれを賃貸した旨の昭和二九年四月二八日付農地賃貸借契約書が作成されていること、坂城町農業委員会保管の耕作台帳の貸付地欄に本件土地が阿野弘から浅井右一に貸付けられた旨記載されていることについてはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  そこで、まず本件土地に関する前後の事情についてみてみると、≪証拠省略≫を総合すると、浅井右一は以前から父浅井友吉所有(同人が昭和九年死亡後は浅井今朝芳所有)の立町六、三五四番一の土地(地目畑)の一部約五〇坪を借りて野菜などを栽培して耕作していたこと、一方阿野弘は昭和一八年ころ浅井今朝芳との間で右立町六、三五四番一の土地および同番二の宅地と阿野弘の先妻阿野む奈所有の山寺九九六番の畑とを事実上交換し(登記名義は変更せず)、右二筆と他より借り受けた隣接地上に自己の経営にかかる阿野航空工業株式会社(昭和二〇年一二月阿野産業株式会社に商号変更)名義で昭和一九年ころ囮用木製航空機製造のための製材木工場を建設し、終戦後は建具工場として使用していたが、その後引揚者団体の間に劇場建設の話がもち上ったが、資金が不足していたことから阿野弘が自らこれを建設することとし、昭和二五年夏前記工場の一部を利用しさらに増築分とあわせて劇場(坂城映画劇場)を建築したものであること、ところが昭和二九年五月に至り浅井今朝芳の相続人浅井けさをらより阿野弘らを相手方として屋代簡易裁判所に対し右劇場の敷地である立町六、三五四番一の土地への立入禁止等の仮処分申請がなされ、同月一四日同裁判所によりその旨の仮処分決定がなされ、そのころその執行がなされたものであること、また浅井右一は明確な始期はともかくとして本件土地を耕作して占有していたが、昭和四三年八月ころこれを原告らに返還したものであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  ところで、原告は、阿野弘は前記仮処分執行の取消の代償として本件土地を浅井右一に無償で貸与したにすぎない旨主張するので、まずこの主張について検討する。≪証拠省略≫を総合すると、坂城町農業委員会は昭和二九年四月ころ上部機関の指示に基づき農地小作契約の文書化の作業を進めていたが、まず文書による契約を締結していない小作の関係者に対し通知を発することとし、本件土地についても昭和二九年四月二三日付「農地法二五条の規定に依る小作契約の文書化について」と題する書面を所有者阿野弘、耕作者浅井右一あてにそのころ発したこと、そして、右書面には同月二六日より三〇日までの間に所有者阿野弘および耕作者浅井右一が連れ立って農業委員会事務局まで出頭するように求める記載があったことが認められる(右書面が作成日付を遡及させた後日の作成にかかるものであることを認めるべき資料はない。)から、この事実によれば、当時すでに右農業委員会において何らかの手段により本件土地が浅井右一の耕作にかかるものとして把握していたことを推認しうる。また≪証拠省略≫を総合すると、阿野弘の長男である阿野道生は、昭和二九年四月二八日ころ、浅井右一より本件土地の昭和二二年度分から昭和二八年度分までの地代として金七〇円を受領し、その旨の領収書を阿野弘名義をもって作成押印し、これを浅井右一に交付したことが認められ(≪証拠判断省略≫)、このことは当時すでに浅井右一が本件土地を耕作しており、しかも右耕作がすでに相当長期にわたっていた事実を推認させるものである。以上の事実に照らすと、昭和二九年五月になされた前記仮処分執行取消と引換に始めて本件土地が阿野弘より浅井右一に無償で貸与されたとする原告の右主張は直ちにこれを肯認することはできない(もっとも、浅井右一が本件土地を耕作するに至った経緯について、≪証拠省略≫は被告峯村の主張に符合するが、右証拠は≪証拠省略≫と対比してたやすく措信しがたいから、結局浅井右一において本件土地を耕作するに至った経緯は本件記録上にあらわれた証拠だけからでは必ずしも判然としないことは否定し得ない。しかしこのことは未だ直ちに上記の判断を覆すに足りる事情となり得るものではなく、その他前記仮処分執行取消と引換えに始めて本件土地が阿野弘より浅井右一に無償で貸与されたことを認めるに足りる証拠はない。)。

(四)  以上を前提とし原告主張の契約書の偽造、耕作台帳の虚偽記入および虚偽回答の存否について検討する。

まず、前記契約書が原告主張のように浅井右一と坂城町農業委員会吏員某とにより共同して偽造されたことを認めるべき直接的な証拠はない。また右偽造の事実を推認するに足りるような証拠も存しない。≪証拠省略≫を総合すると、前述のように坂城町農業委員会は昭和二九年四月ころ、小作契約の文書化を図るため、関係者に通知を発し、通知に基づき関係者またはこれに代る同一家族の者が農業委員会事務局に出頭すると、同委員会書記が契約書(物件目録添付)用紙に所要事項の記載をなし、土地の所有者、耕作者それぞれから印鑑を預り、押捺して三通の契約書を作成し、一通は所有者へ、一通は耕作者へ交付し、他の一通は農業委員会において保管するという事務処理の方法をとっていたものであることが認められ、≪印影に関する判断省略≫、さらに≪証拠省略≫を総合すれば、浅井右一は、前示のように昭和二九年四月に金七〇円の地代を阿野道生に支払ったほか、昭和三〇年一月、同年一二月、昭和三二年二月、昭和三三年一二月にいずれも各金五〇円(昭和二九年度分から昭和三二年度分まで)を本件土地の地代として阿野弘方へ持参し、同居の家族である長男の右阿野道生または妻の阿野イシに交付して、阿野弘に支払ったのであることが認められ、右認定に反する証拠はなく、以上認定の諸事実に鑑みると、本件土地について阿野弘が浅井右一との間に賃貸借契約を締結した事実は全くなく、右契約書は阿野弘または同人に代る家族の者のなんら関与なくして作成されたものとは未だたやすく断定しがたいといわざるを得ない。よってこの点についての原告の主張は理由がない。

つぎに、坂城町農業委員会保管の耕作台帳に本件土地が阿野弘から浅井右一に貸付けられた旨記載されていることは前にみたとおりであるが、右の認定に徴すれば、右記載をもって原告主張のように直ちに虚偽記入と断定できないことは多言を要しない。

原告は、浅井右一および坂城町農業委員会が阿野道生の問合せに対し「本件土地については坂城町農業委員会から賃借権が認められている」旨回答したと主張する。しかし、≪証拠省略≫を総合すると、昭和二九年暮ころ、阿野道生は阿野弘の使者として浅井右一方に赴き、同人に対し本件土地の返還を求め、また、同農業委員会に対し電話で照会したことが認められないこともないが、右照会に対し浅井右一および同農業委員会が原告主張のような回答をしたものと認めるべき的確な証拠はない。

そして、他に原告の主張するような虚構の事実の回答があったことを認めるに足りる証拠はない。

(五)  したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないことに帰する。

三  よって、昭和四二年(ワ)第八、三一四号事件原告の請求を棄却し、昭和四四年(ワ)第四、五九四号事件原告の訴を却下し、訴訟費用は民事訴訟法九三条一項本文、八九条により両原告の負担とすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園田治 裁判官 松野嘉貞 石垣君雄)

<以下省略>

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